「忙しくないと価値がない」という呪縛。執着を手放した先に、本当の豊かさがやってくる。

内観

2024年の年末は仕事をお休みして、久しぶりに福岡の街を歩いていました。

都会の活気、行き交う人々。

新鮮な景色の中にいても、私の頭の中のおしゃべりは相変わらず騒がしく響いていました。

「人生のどん底で、経済的にも危機的な時に、こんなにくつろいでいていいのか?」

「もっとやらないといけないことがあるんじゃないか?」

私の頭の中は、私をリラックスさせまいと、必死に「忙しさ」へと引き戻そうとします。

なぜ、私は「忙しさ」を求めてしまうのか

ふと、自分に問いかけてみました。 「どうして、常に自分を忙しくさせようとしているんだろう?」

返ってきた答えは、あまりにも切実な本音でした。

  • 忙しくしていると、充実感があるから。
  • 逆に、忙しくないと自分には価値がないように感じるから。
  • 忙しくしていないとお金が入ってこない、という恐怖があるから。

「忙しくすることで、自分の価値を高めたい」 ……これは、紛れもない「執着」でした。

執着を手放すと、奇跡が起こる

皮肉なことに、執着すればするほど、求めているものは遠ざかっていきます。

でも思い出しました。「彼女が欲しい!」と執着していた時はできず、新しい仕事に集中して執着を手放した瞬間に、素敵な出会いがあったあの時のことを。

「自分の価値を高めよう」と踏ん張るのをあきらめればあきらめるほど、心はラクになっていく感じがします。

今の私に必要なのは、何もしない自分に「リラックスすること」を許してあげること。

執着を手放した空白にこそ、新しい奇跡が舞い込むのだと信じて。

(2026年4月追記)

あれから1年半。今、私は新しいブログを立ち上げ、「再構築」の真っ最中にいます。当時感じていた「何もしない恐怖」は、今も時々顔を出しますが、「クジラのようにゆったり波に乗る」イメージを持つことで、以前よりずっとリラックスして過ごせるようになりました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました