「他人は自分」という視点。そして、自分の選択を最善だと「決める」こと。

人生再構築

日々、仕事や生活をしていると、予期せぬ出来事に直面することがある。
先日は、お客さんから一件のクレームが入った。

以前の私であれば、それだけで激しく動揺し、何日も落ち込んでいただろう。
けれど、今の私は違った。
冷静に対応し、むしろ貴重な意見を伝えてくださったことに感謝を伝えている自分がいた。

目の前の他人は、鏡としての「自分」

「こんな些細なことで……」 一瞬、そんな思いが頭をよぎったが、すぐに思い直した。

「他人は自分である」

この視点に立つと、見え方がガラリと変わる。
クレームを言ってきたお客さんは、実は私の潜在意識が「そこを改善する必要があるよ」と
自分自身に言わせた代弁者だったのではないか。

確かに、これまでの私は「あのお客さんはこれで納得してくれていたから、今回も大丈夫だろう」という甘い思い込みがあった。
説明が不十分だった箇所を、お客様が私の代わりに指摘してくれたのだ。

そう捉えると、感謝しかない。
「他人は自分」と捉えるだけで、視座が高まり、解釈に前向きな広がりが生まれる。
そんな風に思えた自分を、少しだけ褒めてあげたいと思った。

過去の決断を「正解」にする力

もうひとつ、最近の私が意識しているのは「決める」ということだ。

過ぎ去ったことに執着せず、「私が選択したものは常に最善だ」と決めてしまう。
たとえ一時的にお金を失ったり、時間をロスしたりするような「損」に見える結果が出たとしても、それは未来の大きな幸運につながる伏線なのだと、先に決めておく。

思えばこれまでの私は、失敗を恐れ、自分に自信がなく、決断を先延ばしにする優柔不断なところがあった。

一昨年、インボイス制度への登録を決めたときもそうだ。
最近まで「登録しなければよかったかな」と後悔が顔を出すこともあったが、もう迷うのはやめた。

一昨年の10月、私は「それが最善だ」と判断して決めたのだ。
ならば、納税することも含め、すべてが回り回って大きな豊かさとして戻ってくる。
そう、改めて「決めた」。

人生を好転させるポイントは、何か特別な魔法ではなく、
起きた出来事の解釈を自分で「決める」こと。
その積み重ねが、今の私を作っていくのだと確信している。

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